らごら



浄徳寺 住職
廣岡 憲雄

月報 「らごら」9月号より抜粋
 大変な世の中です。

 今年の夏は大変暑い日が9月のお彼岸にまで続いています。
 いろいろな自然界の状態も今までと異なったように感じますがいかがだったでしょうか?
 蝉が早く鳴き出し、お盆の頃にはほとんど鳴かなくなり
 秋が早いかなと思いましたがいっこうに涼しくはならず
 台風とともに、大きな地震も何回か起こり不安に陥れられました。

 今回の台風の影響で境内地の木は、塩害により葉が枯れ毎日枯れ葉の山ができている状態です。
 六甲山も同じ状態だそうです。
 
 一方人々はどうでしょうか?
 毎日毎日痛ましい事件ばかりが報道されています。
 お彼岸に入る二三日前にあの痛ましい事件が報道されました。
 三才と四才ののかわいい子供が虐待を受け
 五時間も同じ場所(ガソリンスタンド)で顔が腫れ上がるほど痛めつけられていながら
 誰も警察に通報をせず
 その子供たちは、おそらく生きながら川に投げ込まれたと思われる
 悲しい事件であります。

 そのほか数え切れないぐらいの殺人事件が起きています。
 子供同士の殺人、少年が老人を、また一人で何人もの人を殺すといった
 今までは考えられない「人殺し」が起きています。

 これから先、私たちが安心して暮らせる楽園が築かれるでしょうか?

 人は何のために生きていかねばならないのでしょうか?

 あるガン患者が病気と闘いながら、あるいはガンと共に生きてガンを治しているときに
 痛みに耐えながら先生に「私は死ぬために生きているのでしょうか?」
 と問いかけたという話を聞きました。
 また、ガン専門の先生は「私たちは、患者の精神的な部分とは関係なく
 手術だ、抗ガン剤だ、放射線だと最新の治療技術を駆使するが
 患者さんの精神的な苦しみについては宗教家の手を借りなければ
 どうすることもできない。」と話されていました。

 もし、私が、あなたがそのような状態になったときに
 常にお話しさせていただいているように、大きな船に乗って安心するのが救いなのです。
 私のすべてを阿弥陀様の慈悲
 「私に任せなさい。救わずにはおれないのが阿弥陀様の救いなのですよ。」に
 すべてを任せることが信心の大切なところです。

 よく聞かれること 「どうして東西本願寺ができたの?」

 石山合戦【織田信長と一向宗徒(浄土真宗の信者たち)が十年あまり戦う】のあと
 本願寺十一代の顕如上人の長男教如上人が隠居させられ
 弟の准如上人が十二代を継ぎました。

 そのとき豊臣秀吉が現在の西本願寺のあるところに 土地を寄進し
 本願寺が移転しました。(およそ四百年前です。) 

 かたや、隠居させられた兄の教如上人には徳川家康が
 現在の東本願寺のある所に土地を寄進し本願寺ができました。

 どちらも末寺はそれぞれ、約一万か寺、門信徒は約一千万人です。

 ご案内  報恩講法要

 早いもので今年も報恩講の季節がやって参りました。
 親鸞聖人のご遺徳を忍んで、本山より先におつとめをいたします。

 今年の予定

 報恩講法要
    十一月七日(日)
      午後二時より
   法話  講師は未定

  上記の通り厳修いたします。 
  法要に当たり、お参りされるかたへの「祖供養」をお供えいただけるかたはお申し出ください。
  準備については、お寺の方でもさせていただきます


  ご家族おそろいでお参りください。
一万人大会

  十月三十一日(日)に神戸ウイングスタジ アムで行われる大会の募集を締め切りました。 浄徳寺より二十三名が参加いたします。
ありがとうございました。
 さがしています。

 保育園では、夕方四時頃から六時過ぎ頃まで保育、その他のお手伝いをしていただくかたを募集しています。学生、子育てが終わり時間的にゆとりができた方など、男女を問いません。
 子供たちと一緒にこの時間帯を楽しく過ごしてみようと思われる方は一度のぞいてみてください。